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日本の教育について語るブログ

教育問題や時事問題について書くブログです。

オリンピックを前に日本人として思うこと

安倍総理が、2020年のオリッンピックパラリンピック開催年に合わせ
新しい憲法の施行を目指す考えを明らかにした。

中でも憲法9条においては
戦争放棄の定めがある1条2条を残し、自衛隊対の存在を憲法上にしっかり
位置付けるとした。

大西英男氏は先日【新しい憲法を制定する推進大会】に出席。
安倍総理のあいさつのもと、与党が一丸となって
次世代につながる憲法の制定に取り組もうと決起したようだ。

トランプ政権からのメッセージは
もう守られるだけではダメだ!
揺るぎないと思われた日本の安全神話は音を立てて崩れ始めているのかもしれない。

子供達に平和な未来が約束されること、それだけが望みだ。
大西英男氏も、安倍総理と同じく今がそのタイミングだと感じているようだが
国民の総意としてまたじっくりと検討がなされるべき大きな問題であることも確かだ。

北朝鮮の脅威を背景に、ここで国民の真意を問いたいところなのだろうか?
いずれにせよ、自国を守る責任は自国にある。
私達はそれをまじまじと感じることになった。

 

 

 

国会見学に訪れ流子供達の為に

 政治家歴40年の大西英男議員は、毎日の配信を怠らない

フェイスブックツイッター、ブログに動画

今日どんな活動をしていたかが手に取るようにわかる

数少ない政治家の1人だ。

朝昼夜と毎日の予定がびっしり詰まった活動を内容だが

なかでも目を引くのは、子供達との交流が非常に多いことである。

国会見学に訪れた子供達への挨拶を始め

地元のスポーツイベントへの参加など、

日頃の国会答弁の姿とは随分違った一面を見ることができる。

 

中でも、国会見学に訪れ頼た子供達との交流は

日本の政治にとって非常に大切なポジションと言える。

ここで得た情報が、子供達の政治に対する意識に大きく影響すると言っても過言ではない。

次世代を担う子供達が、日本の未来を悲観することなく

チャレンジし続けられる社会を作るためにも

目先の一票を気にして有権者にだけ訴えるのではなく

日本の未来を俯瞰した政治活動のできる政治家を

応援していきたいと思う。

大西英男氏はそのこともしっかりと理解できている政治家だと考える。

ディスレクシアと向き合う

ディスレクシアという言葉を聞いたことがあるでしょうか?

私自身、自民党の下村博文氏の経歴をたどるまで知らない言葉だった。

下村氏本人は苦学をし、まるで勉強の虫のように本を読み

早稲田へ進学。

勉強を苦痛に感じるよりは、学びを吸収したくて仕方なくて

その欲求を満たすための学習は喜びそのものだったのではないだろうか。

そんな彼の長男が、漢字テストをほとんど何もかけずに持ち帰る姿を見て

どんなことを感じたのだろう。

まずは、克服をさせようと家庭教師のようにつきっきりで漢字を教えた。

しかし、何度練習してもさっき書いたばかりの漢字が書けない。

きっと、イライラしたことだろう。

彼自身の著書にも書いてあるが、一度きりのことであるが

「なめているのか?」と長男に手を挙げたそうだ。

その後、真っ黒になるまで漢字の練習をした紙を見つけ

息子の努力に気が付けなかったことをひどく後悔したそうだ。

のちに専門家に見てもらい、長男が識字障害(ディスレクシア)であることが

わかるのだが、このことこそが下村議員の日本における教育改革への原動力へと

つながる。

真の平等な教育とは何か、日本の受験の仕組みのように

満遍なくこなせることを良しとするより、何か秀でた個性を伸ばす

学びがあってもよいのではないか?

たとえ苦手な分野があったとしても、得意分野で高度な知識を

身に付けられるチャンスがあってもいいのではない?

この考えは、日本の教育界に大きな一石を投じることになる。

恩返しの気持ちで政治家になった人

奨学金を受け取り苦学をして政治家になった人は
全政治家のうちどのくらいいるだろう?
元文部科学大臣の下村博文氏は、小学生の時に父親を亡くした。
三人兄弟の長子であった下村氏は、昼夜問わず子供たちのために
懸命に働く母の支えになろうと努力し、また家計のことを考え
優秀ではありながら進学もあきらめようと考えたこともあった。
しかし、交通遺児奨学金制度(今のあしなが奨学金制度の前身)が始まった年に
地元の高崎高校へ進学を果たす。
学びの意欲は非常に強く、また読書好きであったことから
自由な作風の作家が多く卒業している早稲田大学への進学を希望し
見事に合格し、上京することになる。
下宿先に板橋を選び(のちにここから立候補することになる)
奨学金とアルバイトで生計を立てながら教育学に専念した。
アルバイトは家庭教師。子供達への指導は勉強そのものを教えることより
生徒本人の学びたい意欲に火を付け、自ら勉強する体質にしていくことに注力した。
これは、彼が今も変わらず発信している教育に一番重要なエッセンスである。
資源のない日本にとって人材こそ宝であると考え、
人材こそ最も大切にするべきだと訴え続けている下村議員
貧富の差が教育の差とならないよう学びの公平性も重要視している。
彼の声が広く広く国民に、政界に届くように応援していきたい。

日本の教育は変えられるのか?

平等な教育とは何か?

学びたい子供全てに平等な教育をと日本の教育改革を進めているのは、

下村博文元文部科学省大臣である。

 

例えば、フィンランドの平等な教育の考え方はとてもシンプルである。

学校ごとに教育の格差はない。

転校したとしても、新しい土地で学校選びに迷う必要はない。

なぜならばどこの学校で学んでも同じ教育が受けられるから。

教師たちが教育に対して考えることはすべて一貫している。

子供たちが幸せに生きるための学びを身に付けるのが学校である。

だから、どこで教育を受けても子供たちは自分たちが幸せに生きて行く

その方法を探すために学ぶ。

お金持ちがお金をかけて特別な教育を受けるということもない。

全ての学校が公立であり、学費もかからない。

教育はサービスではないのだ。

そして、大学生の約半数が仕事をしながら通学している。

それは、仕事に必要なスキルを身に付けるための学びであり

日本のように学歴ありきの就職ではなく

やりたい仕事があり、それに必要な知識を身に付けるために

ボトムダウンさせる形で大学に行くのだ。

 

日本でも、平等な教育をと強く訴えている下村議員。

自身の息子は学習障害があることが分かり、日本では彼に合った

教育が受けれらる環境になく、小学校6年生からロンドンに留学し

やがて美大に進んだ。

家庭環境や知識レベルに関係なく、その子が一番

のびのびと学べる場を平等に持てたらと望んでやまない。